
土木のキャリアと聞くと、ゼネコンや専門工事業など民間企業をイメージする人が多いかもしれない。だが、もう一つ大きな選択肢がある。それが公務員の土木職——つまり「発注者側」の仕事だ。
公共工事を発注し、設計や工事の品質を見届け、市民の暮らしを支えるインフラを形にしていく。施工する立場とはまったく違う角度から、土木と関わるキャリアがある。
今回お話を伺ったMさんは、土木学科を卒業後、2016年から2022年まで市役所の土木職として勤務。公共工事の発注業務を中心に、設計書類の作成や業者対応、工程管理を担ってきた。現在は別業種に転職しているが、その6年間の経験は彼女の中でしっかりと根を張っている。
「公務員の土木職って、どんな仕事をしているの?」「女性でも続けられるの?」「民間と比べて何が違うの?」——そんな疑問に、リアルな声で答えてもらった。
市役所の土木職は「プロジェクトのドライバー」
——まず、市役所の土木職という仕事を一言で表すと、どんな仕事でしょうか?
「プロジェクトのドライバー」
土木課には、ひとつの公共工事を立ち上げるために必要な役割が、ほぼ全部入っている。
たとえば、道路を一本通すとする。まずは設計を依頼するコンサルの発注、用地買収から始まり、上がってきた設計書の読み込み、そして実際に工事を担うゼネコンへの発注——これを動かしていくのが市役所の土木職だ。
「専門の知識ももちろん必要ですが、それ以上に、自治法という枠の中で、必要な指示を出していく仕事です。道路一本を作るために、いろんな業者さんに動いてもらう。その全体を動かしていく役割でした」
作るのは民間の建設会社でも、「何をどう作るか」を決めて、進めていくのは公務員。まちづくりの上流に立つ仕事だと言ってもいい。
1日の大半はオフィスワーク——「現場」だけが土木じゃない
——具体的に、1日のスケジュールはどんな感じでしたか?
「大半はオフィスワークで、一部が現場ですね。会議やメールの確認、書類作成が中心です」
ゼネコンの施工管理がイメージされる「1日ヘルメットをかぶって現場」とは、まったく違う働き方だ。発注者の仕事は、机の上でも進む。書類で動き、書類で残る。それが公共工事の特徴でもある。
「コンサルがやる仕事」と「役所がやる仕事」の境界
発注業務と一口に言っても、どこまでを役所が担うのかは、外からは見えにくい。Mさんに、その分担を整理してもらった。
- 設計書の作成:コンサルが行う
- 積算(道路を作るためにいくら必要か、材料・人員はどれだけ必要かを計算する):役所が行う
- 入札関連書類の準備:役所が行う
- 業者選定:役所が行う
つまり役所側は、お金の計算と、誰に頼むかの判断を担っている。コンサルやゼネコンに丸投げするわけではなく、全体を設計し、責任を持つのが発注者の役目なのだ。
土木学科から市役所へ——進路選択の背景
「土木関係者は身近にいなかった」——意外な進学理由
——土木学科に進もうと思ったきっかけは何でしたか?
「実は、土木関係者は周りに誰もいませんでした。土木に詳しかったわけでもなくて」
では、なぜ土木を?
「自由な校風で、しかも女子学生が比較的多い学科だったんです。それで選びました」
意外な動機かもしれないが、これは多くの土木女子にとって参考になる話だ。「専門知識ゼロから始めて、6年間で発注業務を回せるようになった」——Mさんのキャリアは、そのまま「未経験でも土木に飛び込める」という証明になっている。
インターンで気づいた「全国を飛び回る働き方は違うかも」
——ゼネコンやコンサルなど民間の選択肢もあった中で、なぜ市役所を選ばれたのですか?
「インターンシップで大手ゼネコンを経験したんです。でも、激務で全国を飛び回るような働き方は、自分には合わないなと感じて」
「地域に密着した働き方をしたい、それなら公務員かなと思いました」
土木学科の女性は、就職活動でも特に多くの選択肢を持つことが多い。ゼネコン、専門工事業、コンサル、ハウスメーカー、そして公務員。「現場に出る」か「発注側に立つ」か——最初のキャリア選択の大きな分かれ道で、Mさんは「地域に根を張る」ことを選んだ。
ちなみに同期は、ゼネコンに行った人もコンサルに行った人もいて、進路はバラバラだったという。
6年間で経験した発注業務のリアル
公共工事ならではの「重さ」——書類、業者スコア、予算
公共工事には、民間工事にはない独特の難しさがある。それは、税金を原資にしているということだ。
——民間工事と公共工事で、最も違うと感じる部分はどこですか?
「書類の形式が、すべて決まっているんです。自由に作るものではない。あと、業者さんを実際に確認して、業者スコアをつける仕事もあります」
そして、もうひとつ。
「予算内で完工できるか——これを常に気にしながら進める必要がありました」
民間ならば、追加予算の交渉も比較的柔軟だ。だが公共工事はそうはいかない。年度ごとに決まった予算の中で、決められた品質を、決められた期日までに完成させる。この三重の制約の中で動くことが、発注者側の難しさだ。
業者対応——「もめることもあるけど、一緒に作っていく」
——業者さんとのやり取りで、印象に残っているエピソードはありますか?
「もめることもありました。でも、一緒になって作っていく、信頼関係をはぐくみながら進めていくのが、この仕事です」
「プロジェクトは6年スパンで動くものもあって、その間、業者さんとずっと付き合っていく。数か月で終わる小さい案件もありました。」
——若手・女性として業者対応をする中で、苦労した点はありましたか?
「基本的には、かわいがってもらえました。年上の方が多いので。ただ、最初から信用してくれない業者さんもいて、そういう人には何度も足しげく通って、現場で話す。それを繰り返すうちに、認めてもらえるようになりました」
「ちょっと印象的だったのは、『女の子だから優しくされてる』みたいな妬みを感じたこともあった、ということです」
——同じ職場の中で?
「はい。ただ、公務員という組織は基本的に男女対等で、課としても女性は普通にいました。」
工程管理——「最初の3年は年20件、後半は大きいのを5〜6件」
公共工事は年度ごとの予算で動くため、複数案件を同時に進めることが当たり前だ。
——同時並行で抱えていた案件数は、どれくらいでしたか?
「6年間で、変化がありました。最初の3年間は道路の修繕や改善が中心で、年間20件くらい。後半は橋など大きいプロジェクトを5〜6件任せてもらえるようになりました」
経験を積むに連れて、「件数の多さ」から「規模の大きさ」へとキャリアがシフトしていく。これは公務員土木職の典型的な成長パスだろう。
「地図に残る仕事」——初めて道路ができた瞬間の感動
——6年間で最も印象に残っているプロジェクトは?
「初めて自分が担当した道路ができたときの感動は、今も忘れられません」
「地図に残る仕事なんですよ、これは。しかも、その道路は災害が来たときに必要な道路として設計されたものでした」
何ヶ月、何年とかけて、自分が動かしてきたプロジェクトが、形になって、地図に名前が刻まれる。しかもそれが、いざというときに人を救うための道路だ。これ以上にやりがいを感じる瞬間が、他にあるだろうか。
公務員ならではの働き方と、女性が長く続けられる理由
残業・有給・産休育休——「公務員の福利厚生はすごくいい」
公務員の土木職を志望する人にとって、気になるのが働き方のリアルだろう。
——残業時間や、休日の取りやすさはどうでしたか?
「業者対応は基本8時〜17時で終わるので、残業はそこまで多くなかったです。福利厚生も公務員なのですごく良かったですね。産休・育休もちゃんと取れます」
ただし、繁忙期はある。
「1月から3月は繁忙期です。年度末に向けて仕事を完了させなければならないので、ここはどうしても忙しくなります」
ゼネコンと比べたとき、「土日や深夜の現場対応がない」「予測可能な繁忙期がある」——これは公務員の大きな特徴だ。長く働きたい女性技術者にとって、見逃せないポイントだろう。
「地図を書き換える」——発注者ならではの達成感
——公務員の土木職ならではの「やりがい」を、どんなところに感じていましたか?
「住民の利便性を直接考えられることですね。ゼネコンやコンサルは、仕事として工事を受ける立場ですが、役所は『この道を通すことが住民にとってどう役立つか』から考える」
「道路を通して、地図を書き換える——その仕事をしていることが、自分にとってはすごく良かったです」
設計を見て、業者を選んで、現場を確認して、完成を見届ける。その全部を担う立場だからこそ、「自分が地図を変えた」という実感を持てる。これは、施工側だけ、設計側だけでは味わえない景色だ。
民間への転職——「外から見た」公務員の経験の活かし方
「やりきった、と思えた6年間だった」
——2022年に市役所を退職されています。決断の背景には何がありましたか?
「楽しかったし、いい職場でした。それは間違いないんです」
「ただ、6年間で発注業務の流れを一通り経験して、自分なりに『やりきった』という感覚があったんですね。決裁を上げて、上司に相談して、組織として進めていく——その仕事の組み立て方は、自分の中に十分残せた。だから次は、違うフィールドで、違うやり方を経験してみたいと思ったんです」
ネガティブな転職理由ではない。むしろ「区切りがついた」「次のステージへ移りたい」という前向きな選択だ。発注業務という仕事の構造を体得した先で、自分のキャリアをもう一段広げにいく——そう捉えるのが自然だろう。Mさんは別業界を選んだようだ。
民間で活きている「公務員時代の強み」
——民間に出てみて、「公務員時代の経験が活きている」と感じる場面はありますか?
「業界の知識があるので、業者さんと普通にやり取りができる——これは大きな強みですね」
「土木業界の言葉や、工事の流れ、書類の感覚。それが体に染み込んでいるので、業界の人と話すときに、最初から対等に話ができる」
土木学科を出て公務員になり、6年経って別業種に転職する——このキャリアパスは、近年増えてきている。「土木 × 公務員 × 民間」の3つの視点を持つ人材は、実は今、希少価値が高まっているのかもしれない。
これから進路を考える土木女子へ
「女性の公務員技術職は、本当におすすめできる」
——進路選択で「公務員か民間か」を迷っている学生さんに、Mさんならどんなアドバイスをしますか?
「公務員の福利厚生は手厚いです。そして、女性の公務員技術職は本当に良いと思います」
「発注者として地元の役に立ちたい——そういう気持ちがあるなら、ぜひ公務員を検討してほしいです」
一度離れても、戻ってこられる業界
——土木業界の良さを一つ挙げるとすれば、何でしょうか?
「人情味のある人が多い業界です。現場には男性が多いですが、その分、人と人とのつながりが濃い」
「資格取得や経験があれば、同じ業界内では戻ってきやすい。会社勤めから親方になって独立した人もいるので、独立のルートもあります」
一度離れても戻れる。場所を変えても戦える。そういう「逃げ道のあるキャリア」を選べるのが、土木業界の懐の深さだ。
編集後記:「発注する側」を知る人材の価値
土木のキャリアは、施工側だけが語られがちだ。だが、発注者側にいたからこそ見える景色がある。設計の妥当性、税金の使われ方、住民との関係——それらを6年かけて体感したMさんの言葉には、現場では得られない別種のリアリティが詰まっている。
そして、印象的だったのは「地図に残る仕事」というフレーズだった。災害時に使われる道路を、自分が動かして完成させた——その手応えは、発注者という立ち位置だからこそ持てる実感なのだろう。誰かに作ってもらうのでもなく、自分で作るのでもなく、「作ることを成立させた」人にしか味わえない達成感だ。
Mさんは今、別業種で働いている。それでも土木業界の感覚は体に残っていて、業者さんとはすんなり話せる。土木 × 公務員 × 民間——この3つのレイヤーを行き来した経験は、これからの時代、ますます価値を持つはずだ。
公共工事を発注する側、される側、そしてその外側。どの立場にも固有の意義がある。土木という業界は、自分の目的に合わせて立ち位置を選べる、懐の深い世界だ。
「迷っているなら、まず一歩踏み出してみてほしい」——Mさんの6年間が、そう語りかけている。
この記事の著者 Writer
ウナロジー
金融機関では法人営業、コンサルファームにおいてインサイドセールスを実施した経験があります。無形商材に強みのあり。また、コンサルティングファームでは人的資本経営の戦略立案など行う。